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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁

青空文庫

「そうです。いまは鎌倉殿の武者所にあって、足利ノ庄を留守に、この府内に住む又太郎高氏です」

「これは」

と、俊基はこの意外な訪問者を、ただ、まじまじ見直すばかりだった。

こう名のり合うのは初めてだが、俊基にも高氏にも、初めてな気はしない。

とくに俊基とすれば、淀川舟の印象やら、またかの佐々木道誉の伝え聞きにも、いろんな意味で、多年心のどこかには、

東国の人、高氏。

なる人間の存在が、時代の風騒とともに常にあった。

「さても」

俊基は、嘆息に似た声で。

「九年前の一舟の縁を、ここでまた重ねるとはよくよくな。……したがその高氏、なんでこよい、幕府の牢囚俊基を、ここへお訪ねなされしか」

「ご不審か。いやじつは、心ばかりに、酒一壺、持参いたした。――夏の夜、短うござるが、高氏もお相手申す。尽きぬおものがたりなど、伺うておきたいと存ずるが」

「酒とな」

同時に彼は、この世との袂別感をはっきり抱いた。高氏の志へ頭を下げて。

「まこと、久しく酒の香なども忘れておった。大いに御意にあまえよう。やれ、思わぬ倖せに会うものかな」

ほどなく盛高の家来が、折敷のさかなや酒の銚子をはこんで来た。