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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁

青空文庫

こういうときは、彼の鈍々たる“ぶらり駒”の無能らしさも、大いに彼の便宜であったといっていい。

軒の月は、傾きかけた。

「高氏。もう酒はよい。ほどよう酔うたわえ」

「……それがしもつい、だいぶ過ごしました。したが、あなたはまだ、淀の舟でお見かけしたほどでもありませぬな」

「いや、あとは明日の夜、冥途の月を見て飲もうよ。門出に不覚な二日酔いをしてはなるまい。ははは」

「はははは。これやお涼やかなおことば。ついでに何ぞ、この世に頼みおくことはございませぬか」

「え。言いのこしたいこと?」

引きこまれるように、相手のことばを反覆して、

「それは、山ほどもある」

と、俊基は自嘲を浮かべた。

「さもこそ」

と、高氏の方が、かえって逆に沁んみりと。

「なんなりと、仰せおかれたがよろしゅうござる。この高氏に能うことなら、いかようにも取り計ろうて進ぜますが」

「芳意、まことに、うれしゅう存ずる」

初めて俊基は、高氏の温情を心から受けとったようだった。それまでは、多少抱いていたらしい疑惑や虚勢も払って、その姿は弱い一個のものになっていた。

「言いおく前に、ぜひ知りおきたいことがある。――其許は前執権の義弟、其許なれば真相もご存知かとおもわれるが」