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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁

青空文庫

「気が知れないなあ」

初めからこの若い夫婦者の境遇に、他意ない同情をよせてきた妙達だけに、こうなると、理解のほかなものがわいて、親切者の仏頂面といったような顔にもなる。

「……ま、お内儀も、よう考えてみたらどうだね。詳しいわけは知らないが、日野朝臣とやらいう人が、高野から使いを立てて、わざわざおまえ方を倖せにしてやってくれと、散所屋敷の方へ頼んで来たというんじゃないか。そんな幸運が、生涯、二度とあるものじゃない」

「はい」

「それやあ、申楽師もよかろうさ。申楽師も、ぴんからキリまでだ。春日やその他、名だたる御社に座をおく申楽師ともなれやあ大したものだが、散所芸人といわれる乞食申楽をして歩いていたンでは、お内儀も一生、大道の埃にまみれて、食うや食わずの毎日を、細々つづけてゆくしかあるまいに」

「ご親切はありがとうございますが」

「嫌なのかい、どうしても」

「おそれいりますが」

「困ったもんだな。断るにも、文句がないよ。無欲なのか、阿呆なのか。わしでも、腹が立つものを」

――が、ぜひもなかった。妙達はしぶしぶ去って、迎えの使者へ返辞をした。ありのままな断りもいえず、卯木の病気やら、雨露次の恐縮やらを、いいかげんな口実に、とにかく詫びて戻って来た。