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ひだのかいだん

飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選(ひだのかいだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,271 字 · 263 頁

青空文庫

(五十五)

彼は思わず跪ずいて、天を拝した。

(五十五)

日は全く暮れた。悪魔のような黒雲は町から村へと大きな手を拡げて了った。ここに有るほどの家も人も、総て悪魔の黒い袖の下に包まれたのであった。

今までは凍り着いたように静寂であった町も村も、俄に何となく閙しくなった。鴉や雀は何物にか驚いたように啼き出した。犬も頻に吠え出した。山の方では猿が悲しそうに叫び出した。重太郎も一種の不安を感じて、何の意も無しに丘を駈け降りた。

鳥の声は又止んだ、犬や猿も啼き止んだ。天地は再び旧の寂寞に復ったかと思うと、灰のような細い雪が音もせずに降って来た。斯ういう前触の気配を以て降って来た雪は、一丈に達せざれば止まぬのである。重太郎も骨に沁むような寒気を覚えた。

「山へ帰って焚火でも為ようか。」

懐中を探ると、燐寸の箱は既う空虚であった。彼は舌打して明箱を投り出した。此上は何とかして燐寸を求め得ねばならぬ。重太郎は思案して町の方へ歩み去った。燐寸の尽きたる時、これを人家より盗み去るのは彼が年来の習であった。

今も此目的で彼は町の方へ忍び出た。細い雪は益々烈しく降って来た。

駅へ入ると、大方の家は既に戸を閉じていた。