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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(三)(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 頁
渭之津城を脚下にふみ、広大なる大海の襟度に直面しながら、思いのほか、重喜の心が舞躍してこないのも、かれの眉が、ともすると、針で突かれたようになるのも、そのすり減らされてきた神経のせいだろう。
神経衰弱――源内流でいえば、心病、あるいは心労症というに違いない。常に不安を感じ、焦躁にかられ疑心にくらまされ、幻覚をえがく。
あくなき色慾にただれ、美食管絃の遊楽に疲れての大名病にもこの症があるが、重喜のはその類とはなはだ異なる心病だ。イヤ、神経衰弱といおう、そのほうが、かれの今の心持にピッタリと合う。
「殿! 何をしておいでなさいます」
ところへ、竹屋三位卿が上がってきた。
これはまた、いたって、苦労も憂惧もないふうだ。
三層楼のやぐらの上に、重喜とならんで、かれも姿をたたせると、その憂いなき栄養に肥えた紅顔は魚のごとく溌剌とし、海を見れば、おのずから禁じ得ぬもののごとく、自作討幕の詩を、いい気もちで微吟しだした。
「殿もお謡いなさらぬか」
海に向って、討幕の詩を微吟していた有村は、黙然としている重喜へ義務のようにいった。
阿波守は、それを、微笑で聞き流した。