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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《すみだ川・新橋夜話 他一篇(すみだがわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 44,378 字 · 88 頁
三
三
月の出が夜ごとおそくなるにつれてその光は段々冴えて来た。河風の湿ッぽさが次第に強く感じられて来て浴衣の肌がいやに薄寒くなった。月はやがて人の起きている頃にはもう昇らなくなった。空には朝も昼過ぎも夕方も、いつでも雲が多くなった。雲は重り合って絶えず動いているので、時としては僅かにその間々に殊更らしく色の濃い青空の残りを見せて置きながら、空一面に蔽い冠さる。すると気候は恐しく蒸暑くなって来て、自然と浸み出る脂汗が不愉快に人の肌をねばねばさせるが、しかしまた、そういう時にはきまって、その強弱とその方向の定まらない風が突然に吹き起って、雨もまた降っては止み、止んではまた降りつづく事がある。この風やこの雨には一種特別の底深い力が含まれていて、寺の樹木や、河岸の葦の葉や、場末につづく貧しい家の板屋根に、春や夏には決して聞かれない音響を伝える。日が恐しく早く暮れてしまうだけ、長い夜はすぐに寂々と更け渡って来て、夏ならば夕涼みの下駄の音に遮られてよくは聞えない八時か九時の時の鐘があたりをまるで十二時の如く静にしてしまう。蟋蟀の声はいそがしい。燈火の色はいやに澄む。