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したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《下谷叢話(したやそうわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 頁
」と言っているのに、湖山は「星巌先生ノ美濃ニ還ルヲ送ル。」となし、また鈴木松塘は「星巌先生西ニ帰ル云々。」と言っている。わたくしは枕山の女芳樹女史を訪うてこの事を問うたが女史の言う所もまたわたくしの推定に違わなかった。
星巌の去った後、玉池吟社の跡は化して何人の居となったのであろう。近年星巌の伝を詳にしたものは、わたくしの知る所では町田柳塘の著書より外にはない。しかし町田氏の著述はわたくしの知りたいと願う所を語っていない。蒲生※(「耿/衣」、第3水準1-91-83)亭の『近世偉人伝』を見るに小野湖山は註して「備後ノ五弓士憲カツテ翁(星巌)ノ年譜ヲ作ル。イマダ世ニ行ハレズ。惜シムベシ。」と言っている。嘉永五年に湖山がお玉ヶ池に居を卜したことがあるが、それは星巌の旧居より少しく隔った地蔵橋のほとりであった。湖山の家はいくばくもなくして火災に罹り、その後江戸時代には再び詩人の来ってこの地に卜居する者はなかった。世態一変して後明治七、八年の頃に至り名古屋藩の医にして詩を森春濤と鷲津毅堂とに学んだ永阪石が、星巌の邸址を探り求めて新に亭を築き、顔して玉池仙館と称した。