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せかいのいっかんとしてのにほん
世界の一環としての日本
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《世界の一環としての日本(せかいのいっかんとしてのにほん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 215,338 字 · 422 頁
その意味で思想は文化の否定という性質をさえ持つことが出来るものだ。
処で漱石の場合、その重きをなし大をなした所以は新しい思想の誕生や旧文化に対するヴァンダリズム文化の創生などではなくて、あくまで既成の、常識的に許容された意味での「文化」の高水準にあったのだ。で彼は思想家であるよりも寧ろ文化人だ。彼は文化の批判者ではなくて、文化の王座であり、或いは文化の模範であった。ここが漱石の偉大さである。世間の博学から無知に至るまでの人間達が、漱石について感心し、之にあやかろうと考える点は、文化の内容の批判者としての彼ではなくて、文化の形式的な最高標準としての彼である。多少語弊はあるが、天才としての彼ではなくて、秀才としての彼なのである。
漱石が天才か秀才かなどを論じているのではない。「漱石文化」が繁栄するのは、文化の秀才としての漱石に淵源しているのであるというのだ。
さて今日、漫然と「教養」と呼ばれているものが、この文化の秀才らしさと、直接の関係があるのである。芥川的教養ということも云われないではないが、それは勿論、漱石的教養に遡らねば説明出来ないことだ。つまり今日普通、教養と考えられているものは、漱石的教養であり「漱石文化」