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あずさがわのじょうりゅう

山岳紀行文集 日本アルプス

小島 烏水

線上閱讀小島 烏水《山岳紀行文集 日本アルプス(あずさがわのじょうりゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 138,795 字 · 274 頁

青空文庫

結局富士は、探検家の山でなくて、女でも、子供でも、老人でも、心易く登れる全人類の山だ。殊に旅人の山だ。私も旅人として富士を讃美する。

アルプスの美を、知覚的に讃美したのは、スイスの農夫でなくて、旅人であった如くに、富土山もそうであった。「天地のわかれし時ゆ、神さびて」と歌った山辺赤人は旅人であった。太刀持つ童、馬の口取り、仕丁どもを召連れ、馬上袖をからんで「時知らぬ山は富士の根」と詠じた情熱の詩人在原業平も、流竄の途中に富士を見たのであった。墨染の衣を着た坊さんが、網代笠を片手に杖ついて、富士に向って休息しているとすれば、問わずして富士見西行なることを知る。富士くらい大詩人を持った山が、地球上のどこに存在しているだろう。名もない一遊子ではあるけれど、私も幼い時から、富士の影を浴びて、武蔵相模で育った一児童として、永い間の外国生活から、故国へ放還された一旅人として、親友と、子供と、忠実なる案内者とに囲まれて、今富士の膝下へ来て亡き母の顔に見えまつるが如く、しみじみと見ているのだ。

今にも大野原の上を、自由に飛翔しようとする大鳥が羽翼を収めて、暫く休息している姿勢を、富士は取っている。