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あるかたきうちのはなし

或敵打の話

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《或敵打の話(あるかたきうちのはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,276 字 · 19 頁

青空文庫

それだけにまた彼の手足となる門弟の数も多かった。甚太夫はそこで惴りながらも、兵衛が一人外出する機会を待たなければならなかった。

機会は容易に来なかった。兵衛はほとんど昼夜とも、屋敷にとじこもっているらしかった。その内に彼等の旅籠の庭には、もう百日紅の花が散って、踏石に落ちる日の光も次第に弱くなり始めた。二人は苦しい焦燥の中に、三年以前返り打に遇った左近の祥月命日を迎えた。喜三郎はその夜、近くにある祥光院の門を敲いて和尚に仏事を修して貰った。が、万一を慮って、左近の俗名は洩らさずにいた。すると寺の本堂に、意外にも左近と平太郎との俗名を記した位牌があった。喜三郎は仏事が終ってから、何気ない風を装って、所化にその位牌の由縁を尋ねた。ところがさらに意外な事には、祥光院の檀家たる恩地小左衛門のかかり人が、月に二度の命日には必ず回向に来ると云う答があった。「今日も早くに見えました。」――所化は何も気がつかないように、こんな事までもつけ加えた。喜三郎は寺の門を出ながら、加納親子や左近の霊が彼等に冥助を与えているような、気強さを感ぜずにはいられなかった。

甚太夫は喜三郎の話を聞きながら、天運の到来を祝すと共に、今まで兵衛の寺詣でに気づかなかった事を口惜しく思った。