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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁

青空文庫

「その意見もまえに聞いたぞ」

「六十万石の家中となれば人も多く、ことに、強情と我意の強いのはお国ぶりですから、他の藩中とは違って、些細なことから紛争が起こりがちです、けれども、いざ御家の大事となれば、いずれも身命を賭して御奉公する覚悟にまぎれはありません」

「それは言葉だ、甲斐が当座に云う言葉にすぎない」

「私の申上げることをお聞き下さい」

「たくさんだ、そんな空疎な、言葉だけのものは聞きたくない」と綱宗は云いきった。

甲斐は綱宗の顔をみまもり、「ではお部屋さまに申上げます」と云った。いま云ったように、侍の本心にまぎれはないが、偏屈や我執の強い者が多いから、その摩擦でいろいろと事が起こる。あらぬ噂やかげ口が飛ぶのもそのためで、それをいちいちとりあげたり詮索したりすると、却って事が大きくなるばかりである。家中には老職もおり、御家の安泰を護っているのだから、つまらぬ噂や風聞に迷わされず、ただ聞きながしていてもらいたい。それだけが、殿にとってなにより大事なことである、というふうに甲斐は云った。

「それにまちがいはないか」と綱宗が云った、「どんな風聞にも耳を貸さず、老臣どもを信じて黙って見ていていいのか」