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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁

青空文庫

と夫人に渡した。甲斐は夫人から受取り、それを両手で披いた。

「このごろ少し詩文の勉強をしている」と綱宗は云った、「その詩は李長吉の作で、故郷の昌谷をうたったものだ、それは第七句から第十句までを抜き書きにしたのだが、いや、まあ読んでみてくれ」

甲斐は読んだ。

――竹香 静寂 満てり

粉飾 生翠に塗る

草髪 恨鬢に垂れ

光露 幽涙に泣く。(漆山又四郎氏の訳による)

というのであった。

伊達家の紋は「竹に雀」であるが、竹林の静かな情景をうたった詩句が、綱宗の心を惹きつけたのだろう。また「草髪恨鬢に垂れ、光露幽涙に泣く」というのは、細い草が群生して髪の垂れる如く、その上にむすぶ露が涙のしたたるようだ、という意味であるが、綱宗は逆に、字句そのままを自分の感懐に擬しているようにも思われた。

「これは頂戴してまいって、よろしゅうございましょうか」

「手を笑うな」

「頂戴つかまつります」

甲斐はその紙を持って座をさがった。綱宗は「明朝また会おう」と云った。

綱宗の前をさがるとき、夫人が次ノ間まで送って来て、「お垢付きである」と、綸子の下襲を渡した。常着に使ってくれという、綱宗の意向を伝え、下襲などは不作法であるが、肌につけていてもらいたいのだ、と云っているとのことであった。