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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
話しが終って、夫人が甲斐に質問した。甲斐がまさに大鹿の角で突き殺されようとしたとき、鉄砲で大鹿を射って、甲斐の命を救ったというのは、どういう若者であるか。そう訊かれて、甲斐はちょっと返答に困った。夫人がそう質問したのは、甲斐の話しぶりで、その若者が家来ではなく、なにか事情がありそうに感じられたからであろう。甲斐にはありのままには答えられなかった。その若者が、山の娘のことで嫉妬し、鉄砲を持って自分を跟け覘っていた、などということは話せないし、それを話さなければ、その刹那に自分を射たず、大鹿を射ったことや、それが自分を怒らせた、という事情はわかってもらえないだろう。そう思ったので、領内の農夫であった、とだけ答えた。
「原田に話しがある」
綱宗が急に云った。かなり酔ってきたらしい、顔がやや蒼ざめて硬ばり、声は静かだが、眼がきらきらしていた。
「お方のほかはみなさがれ、御坊も遠慮してくれ」と綱宗は云った。
藤井と侍女たちはすぐにさがってゆき、玄察は甲斐を見た。甲斐は眼で頷いた。玄察は礼をして座をさがり、廊下のところへいって外を見た。
「月はいけませぬな」と玄察が云った、「すっかり曇ってしまいました」