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えどげいじゅつろん

江戸芸術論

永井 荷風

線上閱讀永井 荷風《江戸芸術論(えどげいじゅつろん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 85,130 字 · 167 頁

青空文庫

生白庵行風の選びたる『古今夷曲集』には狂歌の由来甚高遠なることを知らしめんがためか聖徳太子の吟作なりとて「照る月のなかなる物の大弓はあぞちにたちて的にあたらず」また和泉式部が「南無仏の御舎利を出す七つ鐘むかしもさぞな今も双調」等の吟咏を掲げまた一休禅師沢庵和尚らの道歌をも交へたれどやや牽強附会の嫌あり。後年四方赤良の一派狂歌の再興を企つるや元禄前後における先人の選集中永く狂歌の模範とすべき吟咏は大抵再選してこれを『万載集』『才蔵集』等に載せたり。

蜀山人の狂歌におけるや全く古今に冠たり。しかしてその始めて狂歌を吟ぜしは按ふに明和三、四年の交年二十歳の頃なるべし。『奴労之』『一話一言』等蜀山人が随筆を見るに江戸にて始めて狂歌の会を催せしは四谷忍原横町に住みし小島橘洲にしてその時集れるもの大根太木、飛塵馬蹄、大屋裏住、平秩東作ら四、五名に過ぎざる事を記したれど不幸にしてその年月を詳にする事能はず。蜀山人始め寝惚先生と号して狂詩集を梓行せしは明和四年十九歳の時にしてその先輩平秩東作平賀鳩渓らと始めて相知れり。さればこの時既に狂詩と共に狂歌の吟咏ありしや明かなり。