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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
線上閱讀岸田 国士《火の扉(ひのとびら)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 頁
「そんなこと言つたつて、その気にならんもんはしようがないじやないか。こいつは、ゴムぐつを買うようなわけにやいかんでなあ。わしは、はつきり言うと、好きで好きでたまらんていう相手でないともらわんに。そのかわし、これが好きとなつたら、向うがなんと云つても引つ張つてくるに。人のもんでもかまわんに。子供がおつたつて平気だに、そんなことは……」
いくぶん母親のほこ先をくじくつもりではあつたが、はたして、これは効き目があつた。ありすぎるほどあつた。母親は、しよんぼりと眼をふせ、やれ/\というように首をふつて、あとはもうなにも言わなかつた。
言葉のはずみとはいえ、彼が、「人のものでもかまわん、子供がおつても平気だ」と、まくしたてるとき、彼の眼の前には、むろん、井出康子のまぼろしが浮んでいた。
彼はぷいと座をたつて二階にあがる。本だなから手当り次第に翻訳の小説を引きぬく。読みはじめるが、面白くない。落ちついてそのなかにはいつていけないのである。
表へ飛びだしたくなつた。行くあては別にない。まだ七時をちよつとすぎたばかりである。日がながくなつた。どこかのやぶでうぐいすがないている。