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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁
――それは、絵心がいるほど難しい仕事でもなく、註文主の紋所だの、千鳥、源氏車、小桜、菖蒲など、かんたんな模様にすぎない下絵なので、どうやら彼もこの頃は、馴れていた。
去年の夏。――柳斎に連れられて、ここへ来てからの生活である。あの忘れえない暴風雨の夜から、はや一年近い。
「いいかね。お邪魔しても」
「おう柳斎どのか。さあ、どうぞこちらへ」
「ごめんなさいよ。……いや、さすがだな、お宅だけは」
「何を、ご感服で」
「おなじ棟割り長屋でも、いつも小ぎれいにしてさ。壺には花が挿けてあり、またお内儀も、薄化粧を忘れていないし」
「はははは。何をおっしゃるかと思えば」
「いや、争えないものだ」
「これも柳斎どののお蔭でした。一時は、西国へでも落ちて行くしかないと思いましたが」
「まあ、よかったよ。そう、よろこんでいただければ、柳斎もお世話がいあったというもの。……そして、ここは案外、うるさくないしね」
隣とは壁一重である。柳斎は、声をひくめて。
「蠅のような、六波羅の放免も、こことは、ついに気づかず仕舞い。もうご安心なさるがいい」
「でも、外出は気をつけておりまする。卯木と二人で、稀れに住吉の浜を歩くぐらいで、まだ天王寺へも詣ってはおりません」