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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁

青空文庫

まちがいなく、お夫婦もここにいてくれぬか」

言いのこすと、兼好は、すぐ立ち去った。豊山長谷寺を上り下りする数千の男女と同様、彼の姿にも、なんの屈托らしさもない。

卯木と元成は、いちど木賃宿へもどった。――そして旱の夏の一日も、ようやく冷ややかに暮れ沈んできた頃、また出直して、昼の槐の木の下で、約束の兼好が来るのを待っていた。

ほどなく、

「や、おいでたな」

兼好の声だった。昼にもまして、親しげに。

「どこぞ、話のできる所はないか。人目もなくて、涼やかな」

往来をそれて、初瀬川の川原へ下りた。橋の上には、宵の人影もまま過ぎるが、そこは瀬の水音と、とび交う蛍だけだった。三名は腰をおろして、しばし黙しあった。夏も忘れ、生きる苦患も薄らいでくる。

「……じつはの、御夫婦」

「はい」

「法師の身のこんなくり言、嘲われもしようが、この兼好にも、あんた方のように、恋をした覚えがある。が、女は若死にしましたわい。こんどの旅も、まったくは、伊賀にある女の墓へ、会いに行った帰り途なのでしてな」

「…………」

「されば、よけい他人事ならず思われたものか。それにまた、元成どののお国も伊賀だし、卯木どのが、幼少から養われた都の御縁家、玄恵法印と仰せあるお方も、俗の頃、よう存じあげておることじゃ」