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てんしゅかくのおと
天主閣の音
国枝 史郎
Read 天主閣の音 (てんしゅかくのおと) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 38,941 characters · 79 screens
意外だというような顔付であった。囁くように香具師へ訊いた。
「これは毒薬では無いのかい?」
「滅相も無い」と香具師は云った。「唐土渡来の眠剤で」
「でも妾の頼んだのは、後に痕跡の残らない、毒薬の筈じゃあ無かったかい」
「何を仰有るやら、お半の方様」香具師は寧ろ唖然とした。「頼まれた覚えはございませんねえ」
「お止しよお止しよ、空っとぼけるのはね」お半の方は眉を上げた。「部屋にはお前と妾とだけ、聞いている人は無いじゃあないか。……あの時の約束は何うしたんだよ」
「どうも私にゃ、解りませんねえ」いよいよ香具師は驚いたらしい。「一体全体何時何処で、どんな約束を致しましたので?」
「ふん」と如何にも憎さげに、お半の方は鼻を鳴らした。「大悪党にも似合わない、飛んだお前は小心者だね。……だが然う白を切り出したら、突っ込んで行っても無駄だろう。では、あの話はあれだけにしよう。……それでは愈々この薬は、毒薬では無くて眠剤だね」
「毒薬で無い証拠には、殿様も貴女も其通り、娑婆にいるじゃあございませんか」
「成程ねえ、それは然うさ」お半の方はうっとりとした「妾は綺麗な夢を見た。でも妾は思ったのさあれは決して夢では無くて、極楽浄土に相違無いとね」