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てんしゅかくのおと
天主閣の音
国枝 史郎
Read 天主閣の音 (てんしゅかくのおと) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 38,941 characters · 79 screens
二一
だが、よもや殺せはしまい。……俺は野心を捨てるつもりだ。お前も義理を捨てて了え! 二つを捨てたら世のなかは住みよい。住みよい浮世で、活きようではないか。……俺には、お前が手放せないよ」
お半の方はつっ伏した。両手で宗春の足を抱いた。一生放さないというように。宗春は優しく見下ろした。その眼を上げて四辺を見た。
「や、香具師の姿が見えぬ。はてさて、性急に何処へ行ったものか?」
寺院で鳴らす梵鐘の音が、幽ながらも聞えて来た。夕陽が褪めて暗くなった。
二一
五重の天主の頂上の間の、狭間から飛び出した香具師は、壁へピッタリ背中を付け、力を罩めた足の指で、辷る甍を踏みしめ、四重目の家根を伝って行った。
剣先まで来て振り仰ぎ、屋根棟外れを眺めたのは、鯱を見ようためだろう。しかし、大屋根の庇に蔽われ、肝心の鯱は見えなかった。
「こいつあ見えねえのが当然だ」
呟くと一緒に香具師は、右手を懐中へグイと入れた。引き出した手に握られているのは、端に鉤の付いた髪編紐で「やっ」と叫ぶと宙へ投げた。夕陽で赤い空の面へ、スーッと放抛線が描かれたが、カチンと直ぐに音がした。鉤が大屋根の剣先へ、狙い違わず掛かったのである。