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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

Read 宮本武蔵 (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 185,809 characters · 369 screens

Aozora Bunko

「元より、皮じゃもの、死んでおるわさ」

「木戸で呼ばわっている男は、さも生きているようにいうたがの」

「これも、幻術の一つじゃろて」

爺侍は苦笑していたが、婆のほうは、忌々しげに、萎んでいる唇を振り向けて、

「やくたいもない、幻術なら幻術と看板にあげておいたがよい。死んだ虎を見るくらいなら絵を見るわさ。木戸へ去んで、銭をかやせというて来う」

「婆、婆。人が笑うぞよ、そんなこと、喚かんでもええ」

「なんの、見栄がいろう、おぬしいうが嫌ならわしがいう」

見物の者を押し分けて、戻りかかると、あっ――とその人混みの中に肩を沈めた者がある。

権叔父と呼ばれた爺侍が、

「やっ、又八っ」

と、呶鳴った。

お杉隠居は、眼がわるいので、

「な、なんじゃ、権叔父」

「見えなんだかよ、婆のすぐうしろに、又八めが立っておったぞ」

「げっ、ほんまか」

「逃げたっ」

「どっちゃへ?」

二人は、木戸の外へ転び出した。

もう空地の雑沓は暮色につつまれていた。又八は、幾たびも人にぶつかった。そのたびに、くるくる舞して、後も見ずに、町中のほうへ逃げてゆく。

「待て、待て、伜っ」

振りかえってみると、母親のお杉は、まるで狂気のようになって追って来るのだった。