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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
Read 新編忠臣蔵 (しんぺんちゅうしんぐら) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 337,181 characters · 676 screens
清水一学は、二人へ挨拶すると、すぐ早駕の方へ、眼をやって、舌打をならした。
『うっかり、帰れ帰れと、追いやったので、宿継人足までが、去んでしもうた。――御両所、何う召さるか』
『お計らい、辱けない。はや見えている岡崎の城下、問屋場まで、徒歩で駈けても、仔細はござらぬ』
『では、お急ぎなされたがよかろう』
『然らば、通っても?』
『天下の大道』
一学は、顔を上げて、明るく笑った。青い顎髯の剃り痕の中に、健康そうな歯並みを、奥まで見せた。
三平は、その顔を、凝と見ていたが、
『拙者は、浅野家の小臣、萱野三平と申す者、お扱いの儀、有難う存ずる』
と、感激して、名乗った。
早水藤左衛門も、名を告げて、
『それでは、火急の場合故』
空駕籠から、持物を出して、脇に抱えると、
『左様とも、一刻も早く』
と一学は、促した。
『ふたたび、お目にかかる折もなかろうと存ずるが……』
『いや』
一学は、うすく笑って、
『又、会う折が、あるやも知れぬ』
『御免』
と、二人が走りかけると、
『萱野氏、萱野氏』
一学が呼びかえした。
『はっ、何ぞ?』
『袴腰が、解けかけて居りますぞ』
と教えて踵を廻らすと、もう小豆坂の方へすたすたと歩いて行く一学の後姿であった。