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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
「おれは医者だよ。天下が誰のものになろうとおかまいはない。そう執念深くつけ廻さなくってもよさそうなものじゃないか……。常木鴻山と一緒にいたので睨まれたのだろうが、もうよい加減にして貰いたいな。心煩という病気になる、蘭方でいえば神経衰弱……」
煙管へ一服つめてみたが、うまくないのでほうりだした。今度は薬研を引きよせて、桂皮か何かをザクザクと刻みはじめる。
「おれは医者だから漢薬蘭薬なんでも売るが、病気は薬で癒らない。まして心煩――神経衰弱なぞはてこずりものだ。罹りたくないな、あんな病には。他人はかかってくれなければ困るが、おれは罹るのはご免だよ」
手さえ動かしていればザクザク薬が切れて行く。空想をするにはいい仕事だ。
「――驚いたなあ、あの時は。あの時から心煩だ。常木鴻山がぬきや仲間の者を使って、阿波へ渡ろうと準備をしているのを、いつの間にか蜂須賀に嗅ぎつけられた――今考えてみると、あれは三次の密告だな。住吉村のぬきや屋敷へ、不意に覆面のやつが斬り込んできた。二、三十人はいただろう。堪ったものじゃない。鴻山は浜から小舟で逃げだしたが、おれは異人墓へもぐりこんで、やっと命だけは無事にすんだ……。