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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
鳴門秘帖
お千絵様
お千絵様
みぞれ模様の冬空になった。明和二年のその年も十一月の中旬を過ぎて。
ここは江戸表――お茶の水の南添いに起伏している駿河台の丘。日ごとに葉をもがれてゆく裸木は、女が抜毛を傷むように、寒々と風に泣いている。
虱しぼりの半手拭を月代に掛けて、継の当った千種の股引を穿き、背中へ鉄砲笊をかついだ男が、
「屑ウーイ。屑ウーイ」
馴れない声で、鈴木町の裏を流していた。
「エエ寒い。こいつが関東の空ッ風か……」
と、胴ぶるいをした屑屋の肩へ、パラパラと落葉の雨が舞いかかった。
「寒いのはとにかくだが、さっぱり呼んでくれねえのは心細い。せめてこの近所に馴染ができれば、ちッたあ様子も聞かれるだろうと思うが……なにしろすること、なすことはずれてきやがる。考えてみると俺は三十六、今年は大厄だったんだなア」
愚痴をこぼしてフラフラと一、二町、うつむいたまま歩いて来ると、頭の上の窓口から、
「屑屋さん」
と、女の声で呼び込まれた。
呼ばれたので急に思い出したように、
「屑ウーイ」と、商売声を出したから、呼んだ女もおかしくなれば、屑屋も自分ながらてれ臭そうにあおむいた。
「屑屋でございますが……」