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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
自来也鞘
焔の空はまだ真ッ赤だ。
駿河台から蜿蜒と下町へのびた火は、その夜、川を越えて外神田の一角を焼き、東は勧学坂から小川町の火消屋敷を舐めつくし、丹後殿前の風呂屋町、雉子町あたりの脂粉の町も、春を控えてみじめに焼けた。
その火の海を遥かにみて、お千絵様をのせた二挺の駕、牛込見附から番町の台へ上ったが、さて、それから先はどこへ行ったか、皆目行方が知れなくなった。
倖いにして目明しの万吉は、墜ちた所が浅瀬であったので、やッと河から這い上がってきた。――けれどそこには、気を失っているお綱の姿を見出しただけで、お千絵様の姿は遂に見えなかったのである。
自来也鞘
こんな日に、気まぐれな返り花が咲くのであろう。めったにない、暖かな冬日和である。
神奈川宿の立場を出て、少しあるくと、左は鵙の啼く並木のままつづいて、右は松の途切れた所から、きれいな砂浜の眺めがひらけ、のたりのたりと波うつ浦が江戸まで六里。
風が東南風とみえて、寒色の海の青さもさまでには覚えない。ざこ場の小屋にも人影がなく、海草や貝がらや、蟹の甲羅などが陽に乾いていた。
と、どこかで、一節切の音が流れた……。