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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
独り語を洩らした孫兵衛、ひょいと気がついてみると、いつかグルリと廻って表門の前に来ていた。
「旅川周馬」という門札は掛かっていたが、草茫々として無住寺のような寂寞さ。
ドンと一つ押してみたが、門も潜戸も開く様子がない。お綱はどこから入ったか知らぬが、孫兵衛、縮緬ぞッきの風采で、塀の中からは潜りかねた。
折からあたりもたそがれてきたし、人の見る眼もない様子なので、彼は門前の捨て石を足がかりとし、塀の見越へ片手をかけて、ヒラリと上へ攀じ登った。
そして。
ポンと囲いの中へ、身軽に跳び下りようとすると、疾走してきた人影が、
「待てッ」
と、お十夜の片足を捕って、ズルッ――と外へ引きずり下ろしてしまった。
驚くまに、お十夜の体、何者かに足を取られて、ズルーッと、塀の上から辷り落ちてしまった。
「こやつッ」
と、跳びかかってきた男は、小泥棒でもあしらうように、ムズと孫兵衛の襟がみを引っつかむ。
好きにつかませておいて、お十夜は、ゆるりと右の足を前へ出し、暗い地面を爪先で探っていたかと思うと、脱げていた雪踏に足を突ッこんで、固くはきなおした。
いかにも図々しい落ちつきよう。