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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens

Aozora Bunko

見ると、駕の中にいることはたしかにいる――一人の侍。

ゆったりと駕蒲団に身を埋めて、怒りに燃えた二本の白刃が、身に迫りつつあることも、どこ吹く風かという様子でだ。かれは、深編笠の紐を結んでいるのである。

相手の者が、あまり落ちつきはらっているので、業を煮やしたお十夜が、

「ヤイ出ろ!」というと、

「お、ただ今――」

皮肉な答えと一緒に、駕の中から一本の鉄扇が、ヌーと二人の間へ伸びてきた。

それにしたがって、侍の体が、周馬と孫兵衛の斬りこみに充分な要意を備えながら、徐々と辷りだして駕の外へ立ち上がった。

孫兵衛の注文は見事にはずれてしまった。鉄扇の隙なき構え、立ち上がる間の気配り――どこにも斬りつける破綻がない。

ちイッ……この野郎! と孫兵衛は刀の背から鋭い目を通して相手を睨んだ。

「意趣か遺恨か、何でおれの足をすくった!」

「だまれ」

「何をッ」

「なんで足をすくったと問われる前に、なんでこのほうの駕へ無断で手をかけたか、それをこのほうから訊ねたい」

「ええ、小癪なッ――」と、応答の隙を狙って、周馬がいきなり切ッ尖を飛ばしてしまった。

空を斬ると編笠の侍は、右手の鉄扇に力をくれて、旅川周馬の顔をハタキつけた。