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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
打ち見たところその女客、文金の高髷に銀釵筥迫、どこの姫様かお嬢様かというふうだが、けしからぬのはこのお方、膳の上に代りつきのお銚子を据え、粋な莨入れに細打の金煙管、ポンとはたいて笹色の口紅から煙をスパッとくゆらした。
「すみませんね、忙しいところを」
「どう致しまして、何ぞ御用でございますか」
「いいえ、何も別段なことじゃないんですけれど、ちょうど、お隣で断わられた虚無僧さんに一曲吹いて貰いたいと思いますの。ご苦労だけどここへ呼び入れて下さいませんか」
「あの、ただいまの虚無僧を?」と、女中は一方へ気兼ねをして、すぐには応じかねていると、案の定、向うでは聞き咎めた九鬼弥助が、
「皮肉な真似をいたす奴じゃ!」憤声を洩らして、食ってかかりに来そうであったが、
「止せ止せ、ばかばかしい」啓之助と一角が、しきりにそれを制している。
「大事の前の小事、そんな者に当り散らしているひまに、離れの奴が蜂須賀家の侍と知ったら、風を食らって逃げ失せぬとも限らぬ」
「そうじゃ、九鬼氏一刻も早く!」バラバラと裏梯子を降りて川長の庭――夜露をしのいで忍びこむと、人の気配にさとい生洲の魚がパチャッと月の輪を水にくずした。