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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
Read 新編忠臣蔵 (しんぺんちゅうしんぐら) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 337,181 characters · 676 screens
殊に、彼等は主を失い、禄に離れて、いわゆる捨身になれる体である。
『はやく漕げ』
左兵衛佐が、櫓の者へ、小声で急くと、
『なんの』
と父の上野介は首を振って云う。
『――この辺で、かかって来たら、川番所の下へと漕げ。大川へ入ったら、先に一名上って、邸の者を呼べばよい。然し、そう迄は急迫しまい。彼奴等も、為損じたらば、内匠頭の舎弟大学がどうなるか、浅野一族の芸州や土佐などにも、何ういう累を及ぼすかくらいは、考えておる筈じゃ』
父の側にいて、父を護る覚悟でいた左兵衛佐は、却って、父に護られている心地がした。そういう父の落着ぶりをながめてから彼もやや心がすわった。
父は俗吏中の俗人のように、一般から見られているが、十九歳から公卿や貴紳との交際に立ち交じっているので、歌道もやれば香道の嗜みもある。初老頃からは仏法にも観照の眼を向けていたし、近頃では、殊に茶道に傾倒して、茶禅一味などということをよく口にしている――そういう自らな修養がやはりこんな場合には役立つのであろう――と子の眼から観る父は、どこまでも強く頼母しく見えた。
やがて、
大川へ漕ぎ出ると、河岸を尾行て来た人影は、どこへ散ったか、見えなくなった。