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はたもとたいくつおとこ
旗本退屈男
佐々木 味津三
Read 旗本退屈男 (はたもとたいくつおとこ) by 佐々木 味津三 (ささきみつぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 240,656 characters · 478 screens
お客様はおいらの馬に乗りたがっているじゃねえか。しつこい真似すると承知しねえぞ」
「利いた風なセリフ吐かすないッ。うぬこそしつこいじゃねえか。おいらの馬にこそ乗りたがっていらッしゃるんだ。邪魔ッ気な真似するとひッぱたくぞ」
「畜生ッ、叩てえたな。おらの馬を叩てえたな。ようしッ、俺も叩てえてやるぞ」
「べらぼうめッ。叩いたんじゃねえや。ちょッとさすったばかりじゃねえか。叩きゃおいらも叩いてやるぞ」
「野郎ッ、やったな!」
「やったがどうした!」
「前へ出ろッ、こうなりゃ腕ずくでもこのお客は取って見せるんだ。前へ出ろッ」
「面白れえ、俺も腕にかけて取って見せらあ、さあ出ろッ」
ドタッ、と筋肉の相搏つ音がきこえました。――しかしそのとき、
「わははは。わははは。やりおるな。なかなか活溌じゃ。活溌じゃ。いや勇ましいぞ。勇ましいぞ」
不意にうしろの濃い霧の中から、すさまじい笑声が爆発したかと思うと、降って湧いたかのように、ぽっかりと霧の幕を破りながら立ち現れた着流し深編笠の美丈夫がありました。誰でもないわが退屈男です。まことに飄々乎として、所もあろうにこんな山路の奥の身延街道に姿を現すとは、いっそもう小気味のいい位ですが、しかし、当の本人はそれ程でもないと見えて、相変らず言う事が退屈そうでした。