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はたもとたいくつおとこ
旗本退屈男
佐々木 味津三
Read 旗本退屈男 (はたもとたいくつおとこ) by 佐々木 味津三 (ささきみつぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 240,656 characters · 478 screens
「今迄一度もそのような事はなかったが、今宵はまたどうしたことじゃ」
「………」
「黙っていては分らぬ。兄が無役で世間にも出ずにいるゆえ、それが悲しゅうて泣いたのか」
「………」
「水臭い奴よな。では、兄が毎晩こうして夜遊びに出歩きするゆえ、それが辛うて泣くのか」
「………」
「わしに似て、そちもなかなか強情じゃな。では、もう聞いてやらぬぞ」
と――、もじもじ菊路が言いもよって、どうした事かうなじ迄もいじらしい紅葉に染めていましたが、不意に小声でなにかを恐るるもののごとくに念を押しました。
「では、あのおききしますが、お兄様はあの決して、お叱りなさりませぬか」
「突然異な事を申す奴よ喃。叱りはせぬよ、叱りはせぬよ」
「きっとでござりまするな」
「ああ、きっと叱りはせぬよ。いかがいたした」
「では申しまするが、わたくし今、一生一度のような悲しい目に、合うているのでござります……」
「なに? 一生一度の悲しい目とな? 仔細は何じゃ」
「その仔細が、あの……」
「いかがいたした」
「お叱りなさりはせぬかと思うて恐いのでござりますけれど、実はあの、お目をかすめまして、この程から、さるお方様と、つい契り合うてしもうたのでござります」