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はたもとたいくつおとこ
旗本退屈男
佐々木 味津三
Read 旗本退屈男 (はたもとたいくつおとこ) by 佐々木 味津三 (ささきみつぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 240,656 characters · 478 screens
近頃心よい百姓に会うたものじゃ。苦しゅうない、苦しゅうない、存分に浴びさせてつかわしたらよかろうぞ」
「有難うござります。有難うござります。では御免下さりませ。――黒よ、黒よ、御許しじゃ。さぞ待ち遠であったろうな、今浴びさせて進ぜるぞ」
人に物言うごとくその愛馬をいたわりながら、木蔭に這入って衣類をぬぎすてると、腰に閃く源氏の御旗もさわやかに、健康そのもののような筋骨誇らけき全裸身を、夕の陽ざしに赤々と照らせながら、ヒラリ、裸の馬の背に打ち跨ったかと見るまに、水瀑躍る碧潭のすがすがしげな流れの中へ、サッと乗り入れました。
涼しさや、時雨しあとの洗馬――。
俳人味通の句にある通りです。絵なら、水墨ひと刷毛の力描き、水に躍る馬逞しく、背に手綱かいぐる人また逞しく、空は夕陽の鰯波にのどけく映えて、流れはさらに青々と愈々青く、飛沫もさらにまた涼しく躍り、まこと清涼、十万石の眺めでした。
「鮮かじゃ。鮮かじゃ。自得の馬術と思わるるがなかなか見事であるぞ。馬も宇治川先陣の池月、磨墨に勝るとも劣らぬ名馬じゃ」
「………」
「そこ、そこ、そこじゃ、流れの狭いがちと玉に瑾じゃな。