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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
すぐ、彼の姿は、大きな杉と杉との縞目の中を通っていた。――そこを過ぎて、次の山蔭へ入ると、しばらく姿は見えなかった。
ところが。――やがてというほどもないうちに、杉林の道をもう一個の人間がいそぎ足に歩いて行った。大きな男である。狩衣の袖をたすきに結び、反りを打たせている太刀腰など、ただの急ぎ方ではない。
男は一時、崖の鼻の曲がり角に止まり、入念に先の道をうかがっていたが、突如、駈け出して、手を振っていた。
「おおいっ。……待てっ」
介は、振り向いた。
「……?」
呼ばれたと知ったときは、もう後ろの男を見ていたし、おそろしく迅い男の足も、とっさに、彼の用心をかためさせていた。
「わしかね」
さりげなく見せて、まずいうと、男もまた、にやにやと、馴れ馴れしく。
「どこへおいでなさる?」
「大和へ抜けます」
「へえ、わざわざ金剛越えですかい」
「途中、修堂寺に用もございますんで」
「はてね、あそこにはいま、誰も人はいないが」
「そうですか」
「山伏寺だ、というよりも寝小屋寺だ、峰入りで、この間から閉まっている」
「じゃあ廻り道だけムダでしたかな」
「そうだね、よくは知らねえが、おまえさんの考えていることなどは、まずムダだろうよ。