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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens

Aozora Bunko

その崖には、旅川周馬が上なる墨屋敷の中へ、常に出入りをしている隠し道があった。今夜も周馬は、お十夜孫兵衛と出会って、一刻ばかり前に、その穴口から出ていったばかりである。

とは、誰あって、知ろう筈はない。不思議な所から、不思議な煙――と、怪し火の騒ぎはいよいよ大きくなる。

万吉は、方角違いな、怪し火騒ぎには目もくれなかった。なにせよ、墨屋敷にはまだお綱がいる筈、もし大火にでもなった日には、お千絵様の身も心もとない――と思ったので、例の、覚えのある塀の下から、つッと中へ潜りこんだ。

そして。

ズウと、家のまわりを見渡すと同時に、かれは、

「あっ!」

といって、顛倒した。

何ぞ計らん、怪し火の火元はここだ!

かれが、そと見渡した家まわり――、相変らず、数ある雨戸も窓の戸も、箱のように、ピッタリと閉てきってあったが、その、戸と戸との細い隙間や、廂の蔭などからは、まるで、蒸されたせいろうのごとく、家の中から白い煙が、ソヨソヨと洩れだしているではないか。

「オオ! こいつア大変だ」

はね返されたように目明しの万吉、いつか、お綱に手をつかまれた、あの、窓へと飛びついて行ったが、今夜に限って閉めきってある。