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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
「縄はないか、縄は――、縄だ、縄だ、縄だ!」
グズグズしている間には穴蔵のものが、紅蓮の舌さきに焼き殺されてしまう。鏡の口が開いたので、火の早さは一散になるであろう。
その身自身が、焦熱地獄に焼かるるよりは、むしろ万吉の苦しさのほうが百倍。
かれは極度にうろたえた、悩乱した、半狂乱の態になった。
縄! 縄! 縄! 救いの縄。
こんな所に、あろう筈のないものを、かれは咄嗟に求めなければならない。
紅蓮の地獄――焦熱の地獄。
それは今、三人の女性が、喘ぎ呻いている穴蔵部屋のけしきである。
こもりきッた黒煙が、お茶の水の抜け道へまで噴きだした程であるから、お千絵様のいた密見の間は、あらかた、火になったものと思われる。
それを、命がけで、外から防いでいるのは、おたみであった。
今日まで、檻となっていた厳重な厚板が、今は、わずかに身を焼かぬ防火壁となっている。ただ、お綱が匕首で切り破った口があるので、おたみは、そこから焔をふき出させまいとして、幾枚もの畳を立て重ね、身をもっておさえながら、最後の努力をつくしていた。
けれど、悲しや、密見の間の焔は、口をふさがれた怒りをこめて、ジリジリと襖を焦がし天井を焼き、さしも厚い欅の板を焼きぬいて、ペロリ……と、真っ赤な火の色を吹いてきた。