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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens

Aozora Bunko

「町人! 早く歩けッ」

門番にどなられて、万吉は初めてハッと吾にかえり、からくり人形のように、春風の中へ、ふわりと足を運びだした。

一方、その日の目安箱は、常例のとおり、評定所づきの役人の手から、御小人目付、奥坊主、御用番の順をへて、江戸城本丸の将軍家休息の次の間にすえられていた。

やがて、将軍自身の出御がある。

月番御用取次は、立花出雲守。

ズーと、お座所の前へそれをすすめて、

「ただ今、評定所の目安箱、お表より上がりました」といった。

「ウム」

当時の将軍家は、十代家治であった。軽くうなずいて紅錦の嚢をとりだす。いわゆる肌着のお巾着、守り鍵とともに添えてあるのを、

「開錠せい」と、小姓頭高木万次郎の手に渡した。

ピンと、箱の錠をあけて、中の投書を揃え、将軍家の前へさし出して、空箱は元どおりの順に下げ渡される。

家治はそれを持って、楓の間へ入った。

四、五通の書類であった。楓の間は密室なので、小姓頭以外のものは近侍しない。上から順にくり拡げて目を通してゆくと、やがて、将軍家の眼に、異様なかがやきが流れた。

それは、弦之丞が書いて、万吉が投げこんだあの奉書七、八枚の長文である。