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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens

Aozora Bunko

「エエ、しまった! さてはさっきからの様子を、残らず聞いていやがッたな」

と、おのれの油断に臍を噛みつつ、十手に必死をこめた万吉。――かれの切ッ尖が一寸寄れば一寸、二寸よれば二寸ずつ、ジリジリと、欄干に添って後ずさりした。

と――お綱もまた、廻廊の角で、旅川周馬の白刃に支えられたが、ハッと驚いたのは一時で、手に提げていた新藤五国光の鵜首作りを、無意識に、サッと構えるなり、周馬の小手へ一閃くれた。

シュッと、青い火花が双方の目を射る。

その、無法な胆気と、国光の五の目乱れにおびやかされて、周馬は少し気を乱しながら、真ッ向兵字構えに直って、寄らば――と眼をいからせた。

お綱もふだんのお綱ではなかった。

甲賀世阿弥という武士の血をうけている――と明らかに自覚したお綱。意気地を肌と一緒に研く江戸の女の気質をも、多分にうけている見返りお綱だ。

永い間、甲賀家に仇なし、お千絵様に仇なしたニキビ侍の旅川周馬には、お綱の方から怨むべき理由がある。

だが――今はこんな者に、カケかまっている場合ではない。一刻も早く、阿波へ! 阿波へ! 遥かな空へ、お綱の心は急いでいる。