Japanische Klassiker mit Furigana
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がくせいものがたり
楽聖物語
野村 あらえびす
Lesen Sie 楽聖物語 (がくせいものがたり) von 野村 あらえびす (のむらあらえびす) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.667 Zeichen · 381 Bildschirme
の胸に、最も敬虔な曲として深く深く印象付けられている。
その頃のブラームスは胸幅の広い、髪の毛の美しい、青い烱々たる眼と、厳然たる態度を持った偉丈夫で、すべての人に畏敬されていたということは、残る写真を見てもうなずけることである。
有名な「子守唄」は三十五歳の時の作。一八七〇年から七一年にわたる普仏戦争の時には愛国の血に燃えて雄大な合唱曲「凱旋の歌」を作った。一八七三年には、楽友協会に紛糾がありブラームスは三千マルクの年俸と共にその指揮者の地位を捨てたが、幸いブラームスの音楽はその頃からようやく理解されるようになり、作曲の印税で生活を支えることが出来るようになっていた。
その頃有名な外科医で熱心な音楽愛好者ビルロートが私財を投じて音楽会を後援し、ブラームスはそれに刺激されて、美しい弦楽四重奏曲を続けざまに発表した。このことはブラームスの珠玉の如き室内楽を夥しく持つことの出来た原因として、後の世のわれわれにも決して意味のないことではない。
四十歳になったブラームスはその音楽生活の最高目標とも言うべき最初のシンフォニーを発表した。その「第一」は鬱勃たる情熱を蔵し、休火山に例えられ、雄渾壮麗なものであったが、直ちに世に認められるに至らず、名ピアニストにして名指揮者なるハンス・フォン・ビューローがワグナーと十年