Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

がくせいものがたり

楽聖物語

野村 あらえびす

Lesen Sie 楽聖物語 (がくせいものがたり) von 野村 あらえびす (のむらあらえびす) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.667 Zeichen · 381 Bildschirme

Aozora Bunko

若かりし日の艱難

ハイドンの音楽には、眩耀的なものがなく、爆発的なものもないが、その和やかさと健康さが、結局我々には最もよき心の友となり得るのであろう。

若かりし日の艱難

ヨーゼフ・ハイドン(Franz Josef Haydn)は一七三二年三月三十一日から四月一日へかけての夜、ハンブルクから四里ほど離れたローラウの町で生まれた。祖父の代から車造りで、父のマシアスも母のマリアも、勤勉で清潔好きで、熱心な信仰の持主で、後のハイドンのよき性格と習慣とを作ったばかりでなく、宗教音楽史上の一大巨峰とも言うべき、聖譚曲「創造」を作ったハイドンの信仰は、この敬虔な両親の賜物であったと言われている。

少年ハイドンの楽才はモーツァルトのように奇蹟的ではなかったが、かなり早くから芽生え、六歳のとき早くも遠縁の音楽家フランクの家庭に託されて、基礎的な教育を受け、「食物よりは鞭の方を余計貰った」にしても、後年の偉大なるハイドンを築き上げる素地を作ったのである。

ウィーンの教会のボーイ・ソプラノに編入されたのは八歳のときで、しばらくは作曲家ロイターの監督の下に音楽の修業を積んだ。マリア・テレジアの別荘に合唱団の一員として伺候し、精一杯の茶目振りを発揮して、マリア・テレジアに「あのブロンドの大頭」