Japanische Klassiker mit Furigana
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わたしのこうりしょうどう
私の小売商道
相馬 愛蔵
Lesen Sie 私の小売商道 (わたしのこうりしょうどう) von 相馬 愛蔵 (そうまあいぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 160.396 Zeichen · 312 Bildschirme
かく双方でかくし食いするは甚だ面白からぬもの、総じて雇人はとかく心ひがみ易きもので、一家ことごとく同じ食物を与えられるのを目前で見ながらも、主人の箸が象牙で、茶碗汁椀も蓋つきのものを用いていれば、同じ味噌汁香の物であっても何となくうまそうに見えるものである。まして目の前に主人のみ酒肴を供えて、小僧等にはおあまりのみでは実に堪ったものではない。ある富豪へ嫁入した婦人から、一つの述懐談を聞いたことがある。この婦人が輿入れした当時は万事につけて何となく遠慮勝ちで、三度の食事も充分に食べ得ない。さりとて雇人どもの手前もあるから、菓子の買い食いも出来ないで、始終空腹を我慢して居った。それゆえ下女が毎朝お釜を洗う時、釜底にへばりついているおこげやお櫃についている僅かの飯粒を、手で掬い上げては口に入れるところを見て、実にうまそうで下女の境遇を羨んだことがあったと。家族の一人である嫁の資格でありながらなおこの如くである。いわんや下女小僧の境遇、さもしい心の起るは当然のことである。彼らの最大苦痛は仕事の多いのでなく食物の不充分なことである。ゆえに主人たるものはよろしく小僧の意中を察して、家族の一員として相応に働きいることなれば、食物だけは特別御馳走はしなくとも、家族一統平等に腹一杯与えてもらいたきものである。