Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
Lesen Sie 山の人生 (やまのじんせい) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.022 Zeichen · 226 Bildschirme
一五 生きているかと思う場合多かりしこと
今も時としてその姿を幽谷の間に見る者があって、土人は一様にこれを山男と名づけているが、その出身の村なり家なりでは、永くその前後の事情を語り伝えて、むしろ因縁の空しからざることを感じていたようでもあった。
一五 生きているかと思う場合多かりしこと
少なくとも血を分けた親兄弟の情としては、これが本人ただ一人の心の迷から出たものと解してしまうことが昔はできなかった。一人ではとうてい深い山の奥などへ、入って行くはずのない童子や女房たちが、現に入って行き、また多くは戻って来ぬのだから、誰か誘うた者があったことを、想像するに至ったのも自然である。実際また山の生活に関する記録の不完全、多くの平野人の法外な無識を反省してみても、かつてそういう奪略者が絶対になかったとは断言することをえない。問題はただかくのごとき想像の中で、果してどこまでは一応根拠のある推測であり、またどの点からさきが単に畏怖に基づいたる迷信、ないしは誤解であったろうかということである。
しかも自分たちの見るところをもってすれば、右の問題の分堺線とても、時代の移るにつれて始終一定していたわけでもないようである。