Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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せいかつといちまいのしゅうきょう

生活と一枚の宗教

倉田 百三

Lesen Sie 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) von 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 69.276 Zeichen · 137 Bildschirme

Aozora Bunko

はみな如来である。ただ如来ということに気づかない。気がついているかたがあるならばそれは仏さまでありますが、気がつかないかたが多かろうと思います、たとえ気がつかなくてもそれは如来であります。それが気がついたらそれがつまり仏であります。その人が仏さまになるのであります。ただそこだけの違いであります。

しかしながらこの如来という言葉が、仏教の伝統の言葉とは違うかもしれませぬが、さながらにそこにあるものであります。そういうものがそれが如来であります。それがただ人間だけではありませぬ。動物でも、植物でも、こういうものでもみなこれが如来であります。「仏とはなんぞや」「乾屎」かわいた馬糞であると答えた禅宗の坊さんがあったはずであります。「仏とは何であるか」「かわいた馬糞である」これはとっぴな言葉ではなくして、私はほんとうだと思います。馬糞もまた如来である。ただこれに気づくと申しましても、気づくということは心の底から気づくことでなければならぬ。気づくと申しますのは信心の目を見開いた。あるいは仏の目を開いたいわゆる開眼であります。そのときその人間は仏さまであります。