Japanische Klassiker mit Furigana
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せいかつといちまいのしゅうきょう
生活と一枚の宗教
倉田 百三
Lesen Sie 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) von 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 69.276 Zeichen · 137 Bildschirme
如来としての自覚
だから私はよくいうのでありますが、たとえば一匹のカエルとかミミズ、そういうものの命が宇宙において生きている。ここにいるという、その権威と同じ意味で自分の命をここに支えているのでありまして、どういう行いが良いとか、どういう学問をしているとかいう条件によって、私の命がこの宇宙においてあることを許されているのではない。如来はそこにあるがままに許されて存在している。ミミズやカエルと同じようなる命にたって、はじめて自分の存在が宇宙にたっている。それが私の命をたてるすなわち安心立命、私のはただそれが最後の、私の安心立命であります。そうして私はその立場にたつときに、ほんとうの平等の意味はそこにある。おれも同じ値うちであるという。もちろん差別のことも申しますけれども、最後の存在の理由というものは、そういう意味のものでなければならぬ、これがほんとうの平等ということである。それがすなわちその立場にたって生きる。何らの条件をへずして、そこに生に感じて生きる。それが絶対的生き方、絶対的生活であって、絶対の立場にたつときにあらゆるものは平等であります。
如来としての自覚
たとえば自分のようなものが、はたしてこの世の中に生きているかいがあるだろうかというときに、自分は生きる望みはない。