Japanische Klassiker mit Furigana
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せいかつといちまいのしゅうきょう
生活と一枚の宗教
倉田 百三
Lesen Sie 生活と一枚の宗教 (せいかつといちまいのしゅうきょう) von 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 69.276 Zeichen · 137 Bildschirme
はからいをやめるということは自分の意志の力ではできない。とまったときにはじめてやむもので、これは禅宗のほうでもそうでありますが、始め題を出しまして、「趙州の無」という題を出す。狗子に仏性があるかないか。と問われて、趙州が無といった。その無というものはなにか、それを答えろというわけであります。
その問題を解くために非常に苦心をする。これこそほんとうと思ってもってゆく。だめだといわれる。そこでまた苦心してもってゆく。これこそほんとうだというときにそれがいけないといわれる。それで遍歴するわけであります。それであらゆる遍歴をして、ながい間籠もりきりでもって幾らやっても通じない。だからそれは強迫観念をもっていて、それを治そうとするのと同じことである。そういうあらゆることを遍歴して、最後に何もかも、結局手も足も出なくなってしまう。そのときに、はじめて無というものに禅宗のほうではなるわけであります。浄土真宗のほうでは、与えられた運命が、与えられた公案となって、日々の実際生活において遍歴をするわけであります。強迫観念でも目は見まい見まいとするが見えてしまう。が実際のはからいが尽きてしまったときに、ぐっすり熟睡したのであります。