Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記(四) (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 229.324 Zeichen · 458 Bildschirme
後醍醐推戴
の旗上げをふれ、土佐や長門へ打って出ていたし、また石見ノ国高津港の海賊、高津道性も海陸軍ふた手にわかれて、中国探題の長門の庁――北条時直の居館を水陸から攻めていた。
時直はやぶれて、闇夜に関門海峡を逃げわたり、一時九州へかくれたが、その九州もまた、昨今、八荒兵乱の相だった。
九州での、世にいう“博多合戦”なるものは、そのとし元弘三年三月十三日のことだった。うごかせない傍証もあるのでこれはほぼ確実といってよい。
だが。
船上山の上に後醍醐がおちつかれたのも、月の初めの朔日か二日である。そして以後は昼夜なき防戦だった。そんな中の、しかもわずかな日数のあいだに、どうして九州在国の豪族たちの手へ、帝の綸旨や下賜の錦旗などが行きわたっていたろうか。
どうもこれには裏面がある。帝の隠岐脱出と同時の頃に、べつに発せられた密使があったにちがいない。
でなければ、それ以前に、鰐淵寺などのうちで、いつでもという準備がなされていたものか、あるいは出没自在な海賊岩松党が、その役目までを引き受けていたのかとも考えられる。
とにかく、
船上山の詔
は九州だけでなく、山陰山陽から四国にまで発せられ、それの応えも恐ろしく早かったことに見ても、なにかの機密組織はあったのだろう。