Japanische Klassiker mit Furigana
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つうぞくこうぎ れいこんふめつろん
通俗講義 霊魂不滅論
井上 円了
Lesen Sie 通俗講義 霊魂不滅論 (つうぞくこうぎ れいこんふめつろん) von 井上 円了 (いのうええんりょう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 75.415 Zeichen · 148 Bildschirme
これに反して、道理なき方を妄想といいます。
もし、唯物論者が道理の有無にかかわらず、すべて空想を排するならば、唯物論そのものも空想を免れぬから、第一にこれを排し、人間の毎日毎夜思うこと信ずることみな空想なれば、すべてこれを排せねばならぬことになります。拙者のみるところにては、人間は空想的動物にして、空想の空気中に生活しておると考えます。まず、少年のときにありては、生涯の事業につき非常の空想をいだき、日本はおろか世界中に名をとどろかし得るように考え、人生五十の寿命が過ぐれば、なおその上に百年も百五十年も生きらるるように思い、たまたま病気にかかりて全治おぼつかなきようになりても、全快を空想して安心し、家貧なれば富を空想し、身賤しければ貴を空想し、百姓は豊作を空想し、商人は景気を空想して満足する等、みな空想の極み、妄想を描きて、暗夜に金を拾わんことを願うと同様のありさまであります。けだし、唯物論者のごとき、平素もっぱら実験を唱え、空想を排するものでも、その生存する間は、日夜この空想は免れまい。ゆえに拙者は、人間万事空想の世の中と申しております。また、唯物論者が霊魂滅亡論を唱えて、肉体を離れて精神はない、死後の世界はない、復活再生は決してないと断言することも、やはり空想であります。