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Japanische Klassiker mit Furigana

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いずこへ

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇

坂口 安吾

Lesen Sie 風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (いずこへ) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 119.879 Zeichen · 242 Bildschirme

Aozora Bunko

これが中学二年生の行状で、荒れ果てていたが、私の魂は今と変らぬ切ないものであった。この切なさは全く今と変らない。恐らく終生変らず、又、育つこともないもので、怖れ、恋うる切なさ、逃げ、高まりたい切なさ、十五の私も、四十の私も変りはないのだ。

尤も私は六ツの年にもう幼稚園をサボって遊んでいて道が分らなくなり道を当てどなくさまよっていたことがあった。六ツの年の悲しみも矢張り同じであったと思う。こういう悲しみや切なさは生れた時から死ぬ時まで発育することのない不変のもので、私のようなヒネクレ者は、この素朴な切なさを一生の心棒にして生を終るのであろうと思っている。だから私は今でも子供にはすぐ好かれるのはこの切なさで子供とすぐ結びついてしまうからで、これは愚かなことであり、凡そ大人げない阿呆なことに相違ないが、悔いるわけにも行かないのである。

私の父には、すくなくとも、この悲しみはなかった。然し、この悲しみの有無は生れつきの気質ではなく、人は本来この悲しみが有るものなので、この悲しみは素朴であり、父はそれを抑えるか、抑えることによって失うか、後天的に処理したもので、そういう風に処理し得たことには性格的なものがあったかも知れない。