Clásicos japoneses con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lee 親鸞 (しんらん) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 566.138 caracteres · 1127 pantallas
その四教義を講義してくれる人は、東塔第一という称のある篤学家の静厳法印だった。
静厳は、彼の才をひどく愛した。少納言少納言といって、自分の子のように寺務の世話までよく面倒を見てくれた。
するとある日、その静厳が、何か、報らせに来た若い法師たちを罵っていた。
「なに、まだ見つからん。そんなはずはないぞ、山狩りを始めてから、もはや今日で二十日にもなるではないか」
「しかし、木の根をわけても、分らないのです。所詮、この様子では、麓へ走ったにちがいないから、一度山狩りを解いて、世間のほうを探してはどうかと、西塔の衆も、申しておりますが」
「西塔の者は、西塔の考えでやるがよい。こちらは、飽くまで、本人が、食物に困って、姿をあらわしてくるまで、固めを解いてはいかん」静厳に一喝されてすごすごと、谷の方へ下りてゆく法師たちの疲れた姿を、範宴は、一乗院の窓から見ていた。
何のための山狩りか、範宴には、よくわかっていた。で、心のうちで、
(どうか、見つからないように……。無事に、里へ逃げてくれるように)と祈っていた。大雨が降ると、
(どこかの樹木の下で、あの主従は、この雨に打たれているのではないか)と人知れず案じたり、また、朝夕の食事に、箸をとる時も、ふと、