Clásicos japoneses con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lee 親鸞 (しんらん) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 566.138 caracteres · 1127 pantallas
太子廟は、聖徳太子が、かつて自分の惨憺たる迷いと苦悩のある時代に、
――汝の命根まさに十余歳。という夢中の告示をうけた青春の遺跡であった。
あの時、あの転機がなかったなら、きょうの自分はないものであった。どうして、今のこの輝かしい生命があろう。
また、京都の六角堂は、そこの精舎へ、叡山から百夜のあいだ、求道に燃え、死ぬか生きるかの悲壮なちかいを立てて通った床である。
ここにも、如意輪観世音の有縁の恩が浅くない、さまざまな思い出が多い――
そうした半生の闇から彼は今ぬけ出した心地である。
聖道門から易行門へ。そして、恋は成って玉日との結婚へ。
「ああ」善信は、思わず胸がふくらむ。――自分ほど今、祝福されている人間があるだろうか。
だが――ひとみを拭って、都の巷を見てゆくと、なんと、ここには皆、暗い顔や、迷いのある影や、屈託の多い俯向き顔や、せかせかと物に追われているすがたや――およそ貧相な人間ばかりが多いことだろう。
物に富んでいても、心の貧しい――いわゆる貧相な人々のことである。善信は、自分の幸福をかえりみて、
「そうだ、自分の満足だけに酔ってはいられない。