Clásicos japoneses con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lee 親鸞 (しんらん) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 566.138 caracteres · 1127 pantallas
ものなら、いわないに限ると、独りで決め込んでいたので、
「いえ、私もちと、どうかしておりました。木津の宿で、師の房に似たお方が、河内路へ曲がったと聞いたので、方角ちがいをしてしまったので」そんなふうに、あいまいに紛らして、さて、疲れてもいるが、月明を幸いに、これから二里とはない法隆寺のこと、夜をかけて、歩いてしまおうではないかとなった。
それから月の白い道を、露に濡れて、法隆寺の門に辿りついたのは、夜も更けたころで、境内の西園院の戸をたたき、そこに、何もかもそのままに一睡して、明る日、改めて、覚運僧都に対面した。
僧都には、あらかじめ、叡山から書状を出しておいたことだし、慈円僧正からも口添えがあったことなので、
「幾年でも、おるがよい」と覚運は、快く、留学をゆるしたうえで、
「しかし、わしもまだ、一介の学僧にすぎんのじゃから、果たして、範宴どのの求められるほどの蘊蓄がこちらにあるかないかは知らぬ」と謙遜した。
しかし、当代の碩学のうちで、華厳の真髄を体得している人といえば、この人の右に出ずるものはないということは、世の定評であり、慈円僧正も常にいわれているところである。