Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

チベットりょこうき

チベット旅行記

河口 慧海

Lisez チベット旅行記 (チベットりょこうき) de 河口 慧海 (かわぐちえかい) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 531 520 caractères · 1042 écrans

Aozora Bunko

すなわち文珠の本体である智慧の開けんことを祈るという意味で、始めにかような言葉を発して、それからチー、タワ、チョェ、チャンというのは、このごときの法においてという意味で、すなわち宇宙間如実の真法において論ずというので、それから問答を始めるです。

その問答は因明の論理学の遣り方であって因明論理の法則により、まず始めに仏というものは人なるべしと言うて問いかけると、答者はそうであるとか、そうでないとか答える。もしそうだと言えば一歩を進めて「しからば仏は生死をまぬかれざるべし」となじる。そこで答えて「仏は生死をまぬかれたり」と答えると、問者は「仏は生死をまぬかれず。何となれば仏は人なるがゆえに、人は生死をまぬかれざるがゆえに、汝は爾く言いしがゆえに」と畳みかけて問い詰めるので、そこで答者が遣手でありますと「仏は人にして生死をまぬかれたり。仏の生死は仮りに生死を示現したり」などと言うて、仏に法身報身化身の三種のあることを解するようになるのです。またもしそうでないと答えると、いやインドの釈迦牟尼仏は確かに人であった、これはどうであるかというようにどこまでもなじって行く。